教訓のある寓話:クマのボリス
(アフリカの古い寓話に基づいて)
批評や称賛をしているのが誰なのか、よく考えてみよう。
「悪くないぞ。」 大きな鏡の前で後ろ足で立ち上がって体をゆすりながら、大きな若いロシアの黒クマのボリスがつぶやいた。「もう1度やってみるか。」
ボリスがMP3プレーヤーのボタンを押すと、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の続きが流れた。そこで、ぎこちない様子で片足でスピンしようとすると、あお向けに転んでしまった。起き上がってさらに何度か挑戦すると、やっとのことで、ワルツの基本の最初のステップができた。
ボリスはつぶやいた。「上出来じゃないか。賢いサルの友達ガリバルディに見せられるぞ。彼のオルガンのリハーサルも、そろそろ終わったころだろう。」
MP3プレーヤーをかかえ、うぬぼれた笑みを浮かべながら、ボリスはドタドタとテントから出て行った。
あわただしいサーカスの団員達やらトレーラーやら色とりどりのテントの間を通り抜けると、ボリスは、牧場に沿って広がる草地に着いた。そこには、赤と金色の刺繍がほどこされた、いつものピルボックス帽子*に、おそろいのベストを着た、ガリバルディがいた。彼は柵の上に座って、バナナをほおばっていた。(*ピルボックス帽子:小さい円筒形の縁なし帽子)
「きれいな夕焼けだね。」と、ガリバルディが言った。
「ああ。リハーサルはどうだった?」と、ボリス。
「まあまあかな。ぼくは飲み込みが少しばかり遅いって、ジャコモに言われたよ。だけど、彼は今日、できたばかりの新しい曲を使ったんだ。ぼくが全然知らない曲をね。」
「ふ~む。それはずるいよね。」と、ボリス。
「そうかもしれないけど、主人を責める訳にもいかないな。正直言うと、ぼくは最近、なまけてたんだ。だから、もっと練習しなくちゃいけないってことさ。『練習することで完璧にできるようになる』って言うだろ? バナナ、食べるかい?」
ボリスは首を横に振った。
「で、どうしたんだい?」
「ダンシング・ベアー・オーディションに出るために練習してるんだ。」と、ボリス。
「本当かい? ニキータは認めてくれるかな?」
「ああ。圧倒されると思うよ。モスクワ・サーカスだって入れるかも。」
「すごいね。野心満々じゃないか。」
ボリスはニヤリと笑った。「ぼくには夢があるんだ。この安物のオルガ・カザコフの巡業サーカスは、本物のかっこいいサーカスとはほど遠いからね。」
「それはどうかな。ぼく達は小さなサーカス団だけど、行く先々の村で、テントは満員になるよ。それに何よりも、子供達が大喜びしてくれる。それはともかくとして、MP3プレーヤーを持って来たってことは、実演して見せてくれるってこと?」
「そうなんだ! 君の感想を聞きたくてね。」
『くるみ割り人形』の美しいメロディーが夕方のそよ風に乗って流れると、ボリスは何度か転びそうになりながらも、不器用ではあるけれど、誇らしげに、初心者のワルツのステップをおどって見せた。
「さてと。どう思うかい?」 最後には息を切らしながら、ボリスがたずねた。
ガリバルディは顔を曇らせた。息を吸い込むと、済まなさそうにほほ笑んで言った。「正直に言っていいのかい?」
「もちろんさ、ガリ。君は友達だもの。君の意見は大切なんだ。」
ガリバルディは眉間にしわを寄せ、小さなフォークのようなヒゲを引っ張って言った。「そうだなぁ・・・最初にしては、とてもいいと思うよ。」
「最初にしてはとてもいいって、どういう意味だい?」
「その言葉通りのことだよ。君には素質があるけど、もうちょっと練習が必要だと思うんだ。いや、本当に正直に言うなら、もっともっと練習したほうがいいと思う」。
ガリバルディはもう1本のバナナの皮をむきながら、しんぼう強く言った。「確かにそうかもね。だけど、子供達は笑ってくれるし、自分では、けっこうよくやってると思ってるんだ。」
「あほらしい。」 そう言うと、ボリスは怒って牧草地を勢いよく出て行った。
「ニキータはクマのベテラントレーナーなんだ。きっと気に入ってくれるさ!」と、ボリスは肩越しに叫んだ。
「もぢろん、ぎに 入っで もらえるざ。」 牧場の柵の向こう側から、ズルズルと大きな音を立てながら、甲高いガラガラ声で言うのが聞こえた。ボリスが柵越しによく見てみると、そこには、臭い肥やしや残飯にまみれた巨大なブタがいて、腐ったリンゴの芯を頬張っていた。
「今、何て言ったんだい?」 ボリスは鼻をつまみながらたずねた。
「ニギーダが ぎに入っでぐれるだろうって言ったんだ。」 ブタは、口をピチャピチャさせながら答えた。「さっぎの ギミの バフォーマンズを見でだんだが、ギミのサル友は、派手な帽子をがぶっで、ワゲの分がらんごどを言っでだってごどさ。」
「つまり、ぼくは練習する必要がないってこと?」
ブタは笑って言った。「いやいや、そういうごどじゃない。気楽にやっで、心配すんなっでごどざ。ギミもオレ様も、よくやってるっでごどよ。」
ボリスは鼻をつまみ、ゾッとしながら、しばらくブタを見つめていたが、「ありがとう」とつぶやいて、ゆっくりとその場を立ち去った。
日もすっかり暮れ、ボリスはサーカステントの灯りに向かって歩きながら、今日見たブタの姿や音やにおいのことを思いながら、ガリバルディの助言について考え直してみた。
「やっぱり友達の言うことが正しいよね。練習が完璧さを生み出すんだ。」 そうつぶやきながら、ボリスは、オルガ・カザコフの巡業サーカス団のダンシング・ベアー・オーディションを受けるには、少なくとも3か月間は真面目に練習に励もうと決心したのだった。
文:ギルバート・フェントン 絵:ジェレミー デザイン:ロイ・エバンス出版:マイ・ワンダー・スタジオ Copyright © 2020年、ファミリーインターナショナル