マイ・ワンダー・スタジオ
何でも屋のジャック
金曜日, 10月 30, 2020

何でも屋のジャック

「おや! 君はだれだい?」

「ぼ、ぼくの名前は、ジャック。」

「聞こえないよ!」

「ジャックです!」

「なまりがあるね。お国はどっちだい?」

「ああ・・・ス、スイス。ぼくはスイス産です。」

「なら、どうしてハンター夫人はたった今、君をぼく達といっしょにしたんだい? 油を差してきれいにしてもらうためかい?」

「わからないけど、ぼくを何かに使いたいんでしょう。」

「一体何のためか、見当もつかないな。これだけ仲間がそろってるんだぜ。」

ジャックはおずおずと、同じ木箱の中にいる新しい仲間達を見て、自分も同じ事を考えていることを認めざるを得なかった。

「ワインのびんを開けるためかな。」 彼は低い声でつぶやいた。

「ワインのびんだって?」 他の者が聞き返した。「一体、何を使って開けるのさ?」

ジャックはパッと横になると、キーキー身をきしませながら、苦労してコルク抜きを出した。

するとみんな、どっと笑った。

「そのちっちゃなもので?」 ペンチに似た曲線美の工具が、かん高い声で言った。ジャックはしょげた様子でコルク抜きをしまった。「からかって悪かったわ、ぼうや。ところで、あたしの名前はクライン。ワイヤーストリッパーよ。」

「ぼくも、同じことができますよ。」 自分の体を見回しながら、ジャックが言った。「この辺にあるんだけど・・・。」

「そんなこと、どうでもいいのよ。」とクライン。「それよりも、どうしてジュディ・ハンターがあんたを使いたいわけ? ここに仲間のウイングがいるのに?」 彼女は、長い両腕の間に長いコルク抜きの付いた珍妙な道具を指差した。

「やぁ、ジャック。」 ウイングは自信たっぷりに笑って言った。「わかると思うが、おれ様ぁ、ただのコルク抜きじゃないんだぜ。最近のスクリュープルって呼ばれてる、特別なワインの栓抜きよ。」

「彼は、ハンター家のしゃれたパーティーには必ずお呼びがかかるの。」とクラインが言った。「それで、バーでぶらぶらしてくるわけ。」

「そういうことさ。ある時なんぞは、派手なパーティーをやってて、ジェフ・ハンターがとっておきのワインを自慢してたんだがね。いざびんを開けようと、イタリア製の派手で小柄なエンリコっちゅうコルク栓抜きを取り出したが、どうにもこうにも開けられなくってな。コルクが乾いちまって、もろくなってたから、真っ二つに割れちまったのさ。そういう危機的な状況になった時、ジェフが手をのばすのはだれだと思うかい?」

「ウイングさんってわけですね。」 ジャックが答えた。

「そういうことよ。そいでポンと開いて、みんな満足さ。」 ウイングが作り笑いをして言った。

「とにかく、その他のみんなも紹介したらいかがでしょう。」 壁によりかかっている、印象的なリールの付いた長いつりざおが気取って言った。「それが礼儀というものでしょう。私は、ロッド・フィッシャーと申します。ジェフが魚つりに出かける時は、必ず私を連れて行きます。私がいなければ、何もつれませんからね。」

「ぼくも、ちょっとした魚つりになら使われたことがあります。」 ジャックがおずおずと言った。

「でもロッドなら、確実に魚を引き寄せられるわよ。」 そう言うと、クラインは次に大きなネジ回しのフィリップスを紹介した。見たところ、彼は昼寝をしていたようで、新入りを見るのに片目を開けただけだった。

「うわぁ!」 ジャックが声を上げた。「ぼく、いつも本物のフィリップス社製の専用ネジ回しに会いたいと思っていたんです。ぼくもたまにちょっとしたネジ回しの仕事をするので。

これなんですけど・・・」 ジャックは自分のネジ回しを引っ張り出そうとしたが、出てこない。それに、フィリップスが目を閉じて、向こう側に寝返りしてしまったので、あきらめてしまった。

「やあ、おれ様はスタンリー。みんな、おれ様のことを『クールなスタン』って呼んでるんだ!」 短いピカピカの刃を持つ、がんじょうそうなカッターナイフが口をはさんだ。

「ボンジュール、スタンリーさん。」 ジャックはむっつりと返事した。「実は、ぼくも・・・。いや、どうでもいいや。まぁとにかく、ぼくは結構役に立つんです。」

「ですが、そんなに体がサビついてて、なかなか工具が出せないなら、どうやってお役に立てるのですか?」とロッドが聞いた。

「そうだよな。」とスタンリー。「自分の工具を見せるのにも苦労してるんじゃな。」

「でも、ぼくは1日中使われていたんです。」とジャックが答えた。「ジュディスが誕生日にご主人からプレゼントされて以来、ぼくはずっと彼女のハンドバッグに入ってて、どこへ旅するにもいっしょだったんです。」

「そいで、何が起きたんだい?」

「空港の規制がきびしくなったんです。それで彼女は、ぼくを持ち歩いていると、いろいろと面倒なことになると思ったんでしょう。」

「強制退職の結構な言い訳ですね。」 ロッドがクスッと笑って言った。

「それで、ジュディは君を何に使ってたんだい?」とウイング。

「あらゆることにちょこちょこと使ってました。切ったり、ネジをしめたり、ちょっとした修理なんかです。」

「そういうことですか。」とロッド。「何でも屋で・・・」

「秀でた技はない。」 他のみんなが口をそろえてきっぱりと言った。

「そういう言い方はいやなんですけど。」とジャック。「今までだって、いいと思ったことはありませんし。」

「どうしてだい?」

「だって・・・自分が役立たずに感じますから。」

ジャックの一言で、工具や器具達はみんな、だまってしまった。聞こえるのは何人かのせきばらいだけだ。

「それに、ぼくは役立たずじゃありませんでした! ジュディスは、いつもぼくを使ってくれましたから。」

「そんな仕事、だれがしたいか?」とフィリップスが言った。「働き過ぎさね。」

「だけど、仕事をしてないから、油を差してもらったりきれいにしてもらえないでいるんです。」とジャック。「それで、接合部がこわばってきしるようになっちゃったんです。望むほどに使われていないからです。」

「おめでたいやつだ。」 あくびをしながら、フィリップスが言った。「おれなんか、ジェフに大工仕事で使われた後は、さっさと帰ってのんびりして、何もしてねぇぞ。ネジを回すのが自分の仕事なら、それだけをしてりゃいいのさ。働き過ぎがいいなんて、全然思わねぇ。働き過ぎるよりは、ちょっとくらいサビてても、そのほうがましさ。『自分の専門分野に留まれ』がおれのモットーだからな。」

「あたしもよ。」とクライン。「そうでなけりゃ、まんまと付け込まれるだけだわ。」

「でもぼくは、しょっちゅう使われるほうが楽しかったです。」 そう言って、ジャックははずかしそうにほほえんだ。

その時、ドアが開いて、背が高く日焼けしたブロンドの女の人が、同じくブロンドのほっそりした8才ぐらいの女の子といっしょに入ってきた。

「またジュディだ。」とフィリップスがささやいた。「それに、娘のメイヴィスもいっしょだぞ。」

ジュディは木箱の中からジャックを取り出してテーブルの上に置いた。そして、棚から機械油を取ると、ジャックのナイフの刃をそっと引き出し、接合部に油を1滴差した。彼女は他の部分も同じように1つ1つ引き出して、入念に油を差した。1滴油を差すと工具部分を注意深く出し入れし、キーキーきしまなくなるまで動かし続けた。始めの内ジャックは痛い思いをしたが、しばらくすると体がほぐれてすべりがよくなった。

すると家の電話が鳴ったので、ジュディスはジャックを木箱にもどした。

「真っ先にきれいにしてもらえましたねぇ、ジャック。」とウイング。「一体どうしてあなたが優遇されるのでしょうね?」

ジャックは肩をすくめた。「分からないけど、理由が何であれ、彼女はサビを取ってくれた。ウソみたいに気分がいいです。」 そう言いながら、ジャックは晴れやかな表情で工具の1つをサッと出してみせた。

「それにしても、一体ハンター夫人は、私達達人の中に混じったあなたをこれから何に使おうというのでしょうね?」

「分からない。・・・ひもを切ったり、野菜をスライスしたり・・・いろんなことでしょう。」

みんながどっと笑った。

「ひもや野菜か!」 笑い過ぎてスタンリーは涙を流しながら言った。「お前のを見せてやれよ、ウィルキンソン。」

すらっとした鋭い狩猟ナイフが飛び起き、取っ手の部分を器用にひとひねりすると、物置小屋の木の壁にグサッとささった。

スタンリーはわざとらしく笑ってジャックの方に向いた。「なかなかのもんだろ?」

「大したものですね。」 ジャックはしょげた表情で言った。

「ウィルキンソンがひもや野菜だけ切ってるなんて、想像できないだろ、ジャック?」

「お前だって、なかなかやるじゃないか、スタン。」とウィルキンソンが言った。「この前、お前が木を薄く切り取るのを見たぞ。」

「まぁな。おれだって、多少削ったりなんかはするよ。」

「じゃあ、薄切りは苦手かしらね、ジャック?」とクライン。「でも、他のことができるでしょ。」

「えぇっと・・・。缶を開けられます。」

クラインは人をばかにしたようにまゆをつり上げた。

「缶切りねぇ?」 彼女はジャックの関心をカウンターの上に促した。そこには、壁のコンセントにプラグを差し込まれた大きなプラスチックの器具があった。「あれが、缶切りというものよ。そうでしょ、キャンディ?」

「は~い。汚れ知らず、手間知らずの全速力で、ビューン。」

「ですから、専門的にやるのは大切なことなのです。」 ロッドがていねいな口調で言った。「分かりますか、何でも屋のジャック君。ここにいる私達は・・・その・・・専門家なのですよ。」

「そういうことだ。」とスタン。「1つの分野の仕事だけやる、専用の精密工具なのさ。」

「1つだけの技、職業、技能、サービスを、完ぺきにこなすのよ。」とキャンディ。

「それにね。」とクライン。「あまりにも融通が利き過ぎていつも使われているなら、自分だけの時間がないじゃないの。」

「それにですね。」とロッド。「結果として、例えば大工や料理人が、仕事に最も適した専用の器具や工具や道具を使ってやる以上に良い仕事ができることは、決してありませんからねぇ。」

「だけど、みんなが言う『専用用具』がすぐそばになかったら?」 答弁するようにジャックが聞いた。「そのあわれな人は、どうするんですか?」

「そうですねぇ。」とロッド。「その人は、本当なら仕事がもっとよくできたはずなのになぁと思いながら過ごすでしょうね。あれさえあれば・・・と思いながらね。」

「つまり、キャンディがいれば豆の缶詰がもっと速く開けられて、味ももっとおいしくなるんですか?」とジャックが口をはさみました。「もしウィルキンソンが野菜を切ってくれれば、味がもっとよくなり、ワインも、ウイングがいればもっとおいしくなるんですか?」

「君の言いたいことは分かったよ、ジャック。」とウイングが言いました。「だけど、仲間の工具や器具達は、君にはぼく達専門の達人から学ぶことがたくさんあるってことでは同じ意見だと思うよ。」

「それは確かですね。」とジャック。「だけど、そういう専門の分野でみんなにかなうような速さや技能や大きさは、もともとぼくにはないって言いましたよね。」

「じゃあ、無理する必要はねぇんじゃないか?」とフィリップス。

「そういうことだな。」とスタンリー。「つまりよ、最高のものになれないんなら、あきらめて引っ込んでろってことよ。」

「もうこれ以上話し合う必要はないと思いますが。」とロッドが言った。「あわれな何でも屋のジャック君は、自分がひどくおとっているように感じているにちがいありません。教訓を学んだと言えば十分でしょう。それでは、強制退職生活をお楽しみください、ジャック君。」

器具や工具達は、ジャックが役立たずに思える自分の将来に思いをめぐらせるままにしておいて、自分達の会話にもどってまた冗談を言ったり笑ったりし始めた。ジャックは、自分の拡大鏡を見て思い出した。ジュディスの息子ジミーは、自分を使って太陽の光を集め、木の板に彼の名前を焼き付けたっけ。その板切れも、ジュディスが自分の小さなのこぎりを使ってカシの木から切り取ったんだったなぁ。

ジュディスのコンピューターから木ネジがはずれ、彼女がジャックを使ってそれをしめ直した時のことを思い出すと、ジャックは思わずなつかしそうにクスッと笑った。今では取るに足らないことのように思えるが、ある時などは、ジュディスが休日に1人っきりだった時、コーヒーメーカーのプラグを変えるために、ジャックがワイヤーストリッパー代わりになることを発見し、ジャックを持ってきてよかったと喜んだこともあった。また、ハイキング中に大ケガをしたジミーの手当てをするために、ジュディスがジャックの小さなはさみを使って包帯を作った時のことも思い出した。

そうそう、方位磁石も使ったっけ。その運命の旅では、ジャックは暗い森の中でまよったジュディスとジミーが主要道路に出るのを導いたのだった。彼らはヒッチハイクをして自分のキャンプ場にもどることができたのだ。そんななつかしい思い出でいっぱいだった。だけど、今はどうだろう?

太陽はしずみ、物置の明かりも消えている。木箱の中でじっと横になって他の工具達がおしゃべりするのを聞いていたら、そんな幸せな思い出も、悲しみに取って代わってしまった。

するとその時、ドアが開いて、白熱球がこうこうとついた。工具達は話をやめて、ジェフ・ハンターが一体何のために来たのだろうと考えていた。

「大工仕事の仕上げかな。」 ジェフが工具箱の中をくまなく探っているのを見て、スタンリーが言った。

「それとも、ゆるんだネジをしめ直したいのかな。」とフィリップスがささやいた。

「それか、おそい夜のパーティーを開くことにしたのかな。」とウイング。「今夜はビジネス関係の知り合いを招くって話してましたからね。たくさんのワインのびんを開けるのかも。」

「もしそうなら、とっくの前にあんたが呼び出されてたはずでしょ。もう2時間くらいはテーブルで食事してたの、気がつかなかった? もしかしたら、停電したのかも。」とクライン。

「きっと停電ですよ。」とフィリップスが自信ありげに結論を下した。

「メイヴィスとジミーもいっしょよ。」とキャンディが言った。「もしかしたら、桃の缶詰を開けたいのかしら。」

「ふぅ~ん。子供に関係ありそうですね。」とロッド。「魚つりに行く準備でもしているんでしょうかねぇ。」

「もしそうなら、何で工具箱の中を探してるんだ?」とウィルキンソン。

「ああ、思い出した。」 そう言うと、ジェフは木箱の中に手をつっこんだ。「ジュディスが、ここに入れたって言ってたな。」

「メイヴィス、このスイス・アーミー・ナイフをママのところに持ってお行き。明日の旅のために、今日ママがきれいにして油を差しておいただろう?」

「旅ですと?」 ウイングがささやいた。「ジャックが旅に行くのかい?」

スタンリーが肩をすくめた。「そういうことらしいな。」

「シーッ。」とクライン。「聞いてよ。」

「バックパックが1人に1つずつ。」 ジェフがメイヴィスとジミーに向かって話している。「徒歩旅行に持ってくのは、それだけだ。緊急事態が起こっても困らないように、この小さなナイフは絶対に必要だからね。」

彼は立ち止まって、よく分かっているという表情でほほえんだ。

「子供達、これは良い例だ。」 ジェフはジャックを子供達の目の前でふって見せた。「お前達も、この小さなスイス・アーミー・ナイフのようになれるんだよ。」

「どんなふうに、パパ?」

「できる時にできるだけのことを学んでおくのさ。そうすれば、お前達もいつでも役立つ者になれる。特定のミニストリーの達人になる訓練を受けていようといまいと、他の技能を学んでおくことも大切だってことだ。すべての達人にはなれなくても、この小さなナイフのように、絶対に必要とされる何でも屋になれば、最高の何でも屋の達人になれるってことさ!」

「それ、どういうこと?」とジミーが聞いた。

ジェフがジミーに答えるのを聞いて、ジャックは大きなほほえみを浮かべた。「すばらしい能力だ。順応性だよ。」

  • 終わり

・「順応性」とは、状況に応じて行動を変えたり、必要に応じて新しいスキルを身に着けようとする意欲があること。

・順応性があるなら、チームやコミュニティの貴重な一員となり、目標を達成するためにいっしょに働きやすい存在となる。

文:ギルバート・フェンタン 絵:ジェレミー デザイン:ロイ・エバンス
出版:マイ・ワンダー・スタジオ 
Copyright © 2020年、ファミリーインターナショナル
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タグ: 子供のための物語, 学習能力, 順応性